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明日からの二日間「カンタンすぎる人事評価制度 合同コンサル」が開催されます。
その準備は、終わっているので、明日を楽しみにしている状況です。
今日のテーマは、人事評価制度(人事考課)とも非常に関連性のある「評価基準は何事にも必要?」です。
私が常に申し上げていることの一つとして「すべてのことに根拠がある」がありますが、人事評価制度(人事考課)の評価結果にも根拠が必要であり、だからこそ、評価基準は必須なのです。
しかし、既存の一般的な人事評価制度の場合、その基準が無かったり、非常にあいまいなため困るのです。
で、今日は、子供の通知表と人事評価制度(人事考課)を絡めて考えてみます。
最近は、小学生の通知表は絶対評価が主流だと思いますが、この絶対評価で評価する場合は、明確な評価基準が必要です。
通知表をつける先生や学校により評価結果が異なるのはいかがなものでしょうか。
小学生の評価が非常に難しいのは理解できますが、それにしても、評価する側の意向により評価結果が異なるのであれば問題です。
企業の人事評価制度(人事考課)においても評価する上司によって、評価結果が上下するのであれば非常に問題です。
と、いうか、既にこの問題がどの企業にでも起きていますね。
でも、経営者目線の私からすると、評価をする側の上司・社長も被害者なのです。
明確な評価基準が存在しないばかりに評価することが苦しいのです。
結果、順番に高評価をつけたり、全員が普通のB評価にしてしまうなど、およそ、人事評価制度とはいえない運用になってしまうのです。
話を戻しまして、小学生の通知表であっても評価基準は必ず必要と思います。
正直、既存の一般的な人事評価制度に対して、大人である従業員は、すでに諦めている方が多いのではないでしょうか。
「しょせん人事評価制度なんてそんなもんだ」と。
これはこれで非常に由々しき問題であり、だからこそ、私が「カンタンすぎる人事評価制度」を開発したのです。
でも、諦めている大人(これも問題ですが)と違って、子供に「通知表なんてそんなもんだから」とは、言えませんよね
子供にこそ、明確な説明が必要だと思います。
子供なりに、勉強もクラスでの活動も頑張って、テストも良い点を取ったのになんで、通知表は悪いの?ということがあれば何とかしなくては! です。
人事評価制度も子供の通知表も根拠が必要であり、その根拠が、評価基準なのです。
この評価基準。
例え、評価基準が存在していたとしても理不尽な評価基準の場合があります。
いや、評価基準と言えないような基準です。
理不尽な評価基準(とは言えない)の一例として「○○の一存」ということです。
“○○”には、社長であるとかどなたかの名字が入ります。
これでは、評価される側としてはたまったものではありません。
これを打破するために、明確かつ、客観的な評価基準を持つ人事評価制度(人事考課)が必要なのです。
では、評価基準が客観的であるかどうかをどのように判断すればよいのでしょうか?
それは、第三者から評価基準の説明を求められた場合に、説明できるのか? ということです。
そして、説明した後、その相手が理解できるのか? ということです。
本来でしたら、その相手から「納得」を得られると良いのですが、そこまででなくても大丈夫です。
あくまで、“理解”でいいのです。
あなたの会社の人事評価制度の評価基準を社員から求められた場合、説明を受けた社員は理解しますでしょうか?
そのためには、評価基準が明確な人事評価制度(人事考課)が必要であることは当然ですが、会社側も従業員側もその人事評価制度を理解しておくことが必要なのです。
私は、膨大な数の機能していない人事評価制度を視てきましたが機能していない原因と思われるのが、「複雑すぎる」です。
人事評価制度の仕組みが余りにも複雑すぎて、運用しにくいのです。
いや、運用しにくいのではなく、運用できないのです。
その結果、人材としては、「自分ごと」ではなく、「他人ごと」になってしまい、自社の人事評価制度に興味がなくなってしまうのです。
自社の人事評価制度に興味がなくなるということは、どのようなことを意味しているのか分かりますよね?
そのような事態にならないように、客観的・明確な評価基準を備えた、人材育成に繋がる人事評価制度(人事考課)が必要なのです。